ホテルムンバイ

映画好きの友達が、

私が上司と同僚が全員インド人になったということで、

オススメしてくれたので、みてみました。

 

ニュートラルな視線で描かれていたと思います。

でも、実話が元になっているので、解釈の正解がなく、もやもや、ザワザワする映画でした。

 

テロリストの少年たちは、貧困に苦しむ層に生まれ、おそらく過激派の指導者に洗脳され、個人的な考えを持つことなくきてしまった。タージマハルホテルという、今まで全く縁のないラグジャリーホテルのロビーで、内装に圧倒された後、逆に憎悪をつのらせる。特殊部隊が到着し、包囲されもう逃げようがない、という状況で、「世界中にイスラームのジハードの戦士としての生き様を見せつけてやれ」というモチベーションのみで、逃げることなく死んでいく。それ以外に道はなかったのか、とはたから見てる分には思ってしまうけど、なかったのかもしれない、とも思える。

コーランを唱えはじめるインド人女性を殺せなかったのは、フィクションなんだろうか。

ホテルの食べ物をつまみ食いして、牛肉だぞと軽口叩くところも、すごくリアルだ。テロリストを実際に見たことがないのに、リアルだと思うって、どういうことなんだろう。

 

ホテルの客は、要求が多い白人で、最高のサービスを当然享受するべき立場にいると思っている。慇懃無礼という形容が当てはまるのか。一見上品ではあるが、階級社会とか格差社会をなんとなく感じさせる。そのなかにインド人が混ざっていて、白人女性がシッターをしているところも、格差の構図が一辺倒ではないことを思い起こさせる。

 

テロリストの少年たちと彼らとの間にどうしようもない経済・教育の格差があったとしても、この富裕層を無差別に殺す理由はないし、実際に殺してた人の大半はホテルで働いてたインド人というのも割り切れない。なんの為にやったんだよ。

 

ホテルで働くインド人は、英語もできるし、教育も受けていて、職業に対するプライドも持っている。この映画は彼らにスポットを当てているけれど、実際、欧米金持ちに給仕することをどう思っているのだろうか。

 

フィクションでないだけに、もやもやするポイントはあるものの、それが現実なのかな、と。

アルジュンを演じたデーヴ・パテールさんの、目が救いです。

sincereという言葉が浮かびました。

人生を真摯に、誠実に生きている。

 

正解はないけれど、タージマハルホテルで働く従業員の人たちだけは、誰にも何も言わせない強さがあると思いました。

 

このテロによってインドとパキスタンの関係は悪化したと聞くし、こういう映画があると、イスラム教自体が悪と見なされてしまうのでは?と若干の危惧を感じてしまったけれど、従業員たちの生き様は、間違って解釈されたりすることはなく、国関係なく共感できるものだと思いました。